規則正しくマイクラ日記

マイクラ(Java版)の日記を書いています。基本的に金土に更新します。

楽しくて色々思い出していた

通勤時に昔のこと思い出していた

ポーンさんの小説を読んでから何か変だ。
結論から言うと楽しかった。 結論から言うと俺はネタバレを含むのです。

やっぱりポーンさんの書く女の子は可愛くて可笑しくてワクワクする。
結末はあんまり好きじゃなかったけど、そんなのはどうでも良くてただ単純に楽しかった。
七重が喋っているだけで好きでずっと七重の話を聞いていたかった。でもそんなことをしていると毎回黒野が来てぶち壊していく。くっそ。あいつは可愛くない。すごくかっこいいけど可愛くない。
だから最終戦黒野が七重の大切なものをざっくざっく切り刻んで七重が壊れていくシーンはとても悲しかった(比喩表現)

変なのはそれからで、通勤時にずっとポーンさんのことを考えるようになっていた。

初めてポーンさんに触れたのは俺が死んだ目で天ぷらうどんとかつ丼を合体させて食べていた頃だった。とても胃が丈夫だ。あれを今食べるのは無理だ。フリゲからたどり着いたんだと思うけど、最初はポーンさんのゲームはしてなくてテキストを読んでいたような気がする。そしてそのうちポーンさんのゲームをするようになって『フィラデルフィア演義』をプレイした。結構面白かったけど俺はポーンさんのいしきを読んでいる方がずっと楽しくてそんなにプレイしてない。『たゆみ。』『くもりクエスト』は結構やった。女の子が可愛い。これがすごい好きでいつかこの二つをオマージュしたゲームを作りたいと思った。そんな感じでポーンさんのテキストを読むついでにポーンさんのゲームをしていた。でもあるとき『Lispha.』というゲームをプレイしたとき俺はこのゲームのテキストが救いようがなくて嫌で嫌でたまらなくて苦しかったからあまりポーンさんのサイトに来なくなった。暫くしてどこかの攻略で「新エンドがある」という話を聞いたとき俺は「このゲームは救われるプレイヤーと救われないプレイヤーがいて俺の能力では救われることは無いんだな」と感じて悲しかった。

ネタバレの話です。俺はネタバレが大好きで。別にネタバレをするのが好きではなくて結末を教えてもらいたいと常に思っている。それは俺の心のダメージを軽減するための防衛機制で、対価として少しの感動と驚きを失う。でもそれは俺にとってほどんど問題が無くて俺にとって喜びの時間とは文章の言い回しにあったり、読み終わって考える時間であったり、最初から読み直して再び好きなシーンに辿り着く瞬間だったりする。結末がどうなるんだろうという意識は俺にとって脳のリソースを常時割いている時間であり、それが長ければ長いほど結末の感動なんてどうでもよくなってくるくらいの疲労になる。だから推理小説は結末から読むし、レビューを読んだりする。レビューやPV、キャッチフレーズ、引用テキストはフェラでとても楽で心地よい。結末がわからないと「え、今おれ腰を振ってるんだけどもしかして射精できないまま終わるとかないよね?」的な不安があって落ち着かない。どうでもいい比喩表現が出てきた。

『ダンサーインザダーク』というとても嫌な感じのすごい映画がある。DVDで見たんだけどもし俺がこの映画の結末を知らないで見てたらきっと3日くらいこの映画を作った人たちのことを考えて暗い気持ちになっていたと思う。でも結末を知ってたおかげですごい映画だったことはわかってこの映画のことを考えたりしたけど作った人たちのことをとやかく言うことは無かった。

そんなわけで久しぶりにポーンさんの文章を読んで自分自身びっくりしています。何か急に文章が書きたくなってわけがわからないよ。

光あふれて死ねばいいのに - カクヨム