規則正しくマイクラ日記

マイクラ(Java版)の日記を書いています。基本的に金土に更新します。

やがて遺書になるもの

夕方の職場、俺はよく独りになります。そんなとき、まあ一応仕事は終わらせるんだけど大体時間が余っているので、誰も居ない職場でぼーっと色んな事を考えたりするのです。

好きな文章について考えていた。

俺は昔から『満たされてない人の文章』が大好きだと思っていたんだけど最近それは微妙に違うような気がして、もうちょっと深く考えていました。

満たされていない人の文章だったとしてもとても苦手なものがあって、助けや救いを求めている感じの、なんていうかそういう文章って贔屓させるように誘導しているような気がしてすごく苦手。

それに気が付いたときに好きな文章が何となく見えてきて、それは俺が勝手にそう思っているだけかもしれないけど、文章に意志のようなものがあって、それは死を決意した人が苦しくて喜びを感じられなくても書かずには入れれないような。自分がそこに生きていた証のようなものをこの世界に刻んでおきたい。そして生きている人がいつか見ればいい。みたいな文章。

そう考えていたら、俺の過去日記を見てて自分でちょっと面白いなと思うものは上記のようなスタイルを感じる。逆に自分の意志が薄くて誰かに見せることを意識してたのかなと思う日記はあんまり面白くない。まあ俺は死を意識しているわけではないんだけど、昔の自分は今の自分とは違うと思っているので、ある意味で未来の自分に宛てた遺書とも言えるかもしれない。

色んな人がいて、遺書を書く人がいて、刺さる文章を書きだしていて、でもそのうち満たされて死を決意しない文章を書くようになって、幸せな毎日をみんなに見てほしいと思うようになって、その文章はあまりに面白くないんだけれど、でも俺はそれで良いんじゃないかなと思って、そんな文章も別腹でいいんじゃないかなって。

とりあえず俺は海老が美味しいので毎日幸せです。 ご飯を食べることが出来る間はきっと生きているし、ときどきポエムを呟くと思います。